宝 達 奈 巳 (ホータツ ナミ) 史

宝達奈巳史上、重要と思われる出来事を綴ったものであり、あえて記載しないお仕事や忘れてることも多々あり。

人類が月に到着してから約3ヶ月後、東京に生まれる。
誕生日はドラえもんと同じ9月3日。
両親は新劇俳優。母方の祖父母に大事に育てられる。いつも猫と一緒。
4才の頃よりクラシック・ピアノを習い始め、ピアニストを目指す。
幼稚園にてドッペルゲンガー現象を体験、「もう一人の自分」に遭遇。
8才の頃、親戚の住むハワイに一ヶ月滞在、海のリズムと音楽を体得、UFOを目撃。ひとつは垂直に、もうひとつは平行移動するオレンジ色。
「2001年宇宙の旅」「未知との遭遇」「スター・ウォーズ」を観る。
中学に入学する頃にはSF・オカルト・神秘主義とY.M.O.に傾倒。
14才の時、自らのピアニストとしての才能に限界を感じると共に、シンセサイザーに無限の可能性を、そして自らに作曲の才能を見出す。
Roland JX-3Pとラジカセ3台で、多重録音を開始。
都立進学系高校に入学と共に、抑圧された創作エネルギーが炸裂、バンド5つをかけもち、あらゆるジャンルのキーボードをこなし、自らが率いるテクノ系バンドではThe art of noiseのコピーも演奏。

1988年、国立音楽大学音楽学科入学。民族音楽、現代音楽、音楽美学を主に研究。
在学時から、六本木・ストライプハウス美術館などで、サウンド・オブジェ、サウンド・インスタレーションを創作・展示、パフォーマンスを上演。
様々な実験音楽等の活動に関わり、自らの音楽的「核」を求め続ける。
shu uemuraメイクアップ・ショーの音楽を担当。
北欧、アイルランド等を放浪し、生の民族(民俗)音楽を体感、沖縄で歌三線(ウタサンシン)習得。琉球古典曲「干瀬節」に出会い、歌に目覚める。
「核」を見つけ、研究者としてではなく、音楽家としての道を選び、純粋な音楽作品の創作に取り組む。
1992年、国立音楽大学音楽学科卒業。
木村俊幸氏(映像作家/美術家)に出会い、音楽的洗礼を施す。
その後の彼の作品・活動に多大な影響を及ぼす。
サナダヒロユキ(レコーディングエンジニア)に出会い、ソロ・アーティスト、音楽家としての自己認識・自立意識に目覚める。
また、何度か山にひとりで登り、様々なビジョンとインスピレーションを得る。

1993年、1stアルバム『たからたち』をグリーンエナジーからリリース、琉球古典歌とelectronics、実験音楽、ヒーリング、アンビエントの融合した独自の世界が、「スタジオボイス」誌や香港の音楽誌、細野晴臣氏、尾島由郎氏など尊敬する音楽家に評価される。
フジTVの「音楽の正体」で「日本の現代音楽」の代表作として、収録曲「朝・光・夢・雨」が紹介される。
西麻布のclub「Yellow」のDJ/プロデューサー(当時)MOOKY氏に出会い、アンビエント系イベントに、「ORICHALCON」(宝達奈巳:Vocal、ヲノサトル:Synth/コンピュータ、Yasu山本:パーカッション)として数回出演。
サナダヒロユキ渡米、シンガーソングライターとしての自立を促す。
作詞を開始、「へび」「かの人は」などの名作がうまれる。

1994年、2ndアルバム『宝達奈巳』をリリース。
サナダヒロユキの紹介で、タカさん(木原敬之:ギター)に出会う。
バンドセッションに目覚める。CD発売キャンペーンで東京、大阪、京都をツアーLIVE。
演劇プロデューサーであり役者の小林拓生氏に出会う。芸術至上主義に共感。
サナダヒロユキの紹介で、ロンドン在住のミュージシャンの部屋を留守の間借り、約1ケ月ロンドンで生活。 しかし、地球のブラックホール東京で活動することをあえて選ぶ。

1995年、ピアノ弾き語りに目覚める。
宝達奈巳:Vocal、キーボード、タカさん:E.Guitar、Yasu山本:パーカッション、Drum、Tetsu河合:Bassで南青山マンダラを中心にワンマンLIVE。
アーティフィシャル・プロデューサー馬場浩史氏(当時「遊星舎」)に出会い、氏が演出、美術を担当するアンビエント・オペラ「パルテノ・ジェネシス」に甲田美益子らと出演。存在感と声に、高い評価を受ける。
3rdミニアルバム『月の夢』をリリース。
タカさんの紹介により、ゆうちゃん(酒井ゆう:マイクロフィッシュ社長)に出会う。ジャケットデザインを担当してもらい、タロット友達となる。
グリーンエナジーの専属アーティストとして常に音楽家として悩み・苦しみながらも優雅な暮らしをしていたが、交通事故にあい、活動休止と共に契約継続もなくなる。

1996年、フリーとなる。しばらくは保険金暮らし。体の不自由さと情けなさで自己崩壊に向かいかけるが、自然と生命への賛歌「青い朝」を作り、立ち直る 。
病み上がりのまま「フィリ・フェスティバル'96」に出演。
馬場浩史氏が美術・演出の邦楽コンサート「Waterscape」で、和歌を歌う。
「細野晴臣&環日本海モンゴロイド」(石川県羽咋市)に参加。宝達山参拝。岡野弘幹氏(風の楽団、天空オーケストラ)に出会い、一緒にUFOを目撃。
角川春樹氏の息子/太郎氏に出会い、プロパガンダレコード専属アーティストとなる。
タカさんの紹介で、うえさん(上田親寿:Drum、後にパーカッションも)に出会う。

1997年、4thミニアルバム『Stranger Than Movie』(プロパガンダレコード/日本コロンビア)をリリース、宝達奈巳:Vocal、タカさん:E.Guitar、うえさん:Drum、勝谷アニキ:Bass(後の「サバラス」改め「DX CHOCO」の主要メンバー)、Piyo:E.Guitarで、CD発売キャンペーンツアーLIVE(東京、大阪、福岡)。
「専属アーティスト」のスタンスに限界を感じ、契約を途中破棄。フリーで活動。
小林拓生氏プロデュースで青山円形劇場にて独自のライブ・スタイル「TRIP TRAD FOLK」を公演。 宝達奈巳:Vocal/シンセ、タカさん:Guitars、うえさん:パーカッション、小宮伸二:美術とのコラボレーションで幻想的空間を創造。ところが当日、高熱によりまったく発声不可能に。急遽、前世ヒーリングにより、なんとか低音地声で演奏。意外にも大好評で、以後、発声音域と声色が広がり、ライブに対しての認識が変わる。
小林拓生氏演出「シェークスピア〜朗読劇」(シェークスピア・カントリーパーク)にて音楽監督、演奏、劇中、オフィーリア役として歌う。
渋谷ジァン・ジァンにて「TRIP TRAD FOLK Vol.2〜宝達奈巳のマイルドな夜」公演。
宝達奈巳:歌、ピアノ、シンセ、タカさん:ギター、うえさん:Drumd&Percussionで、この頃はまだMCありのライブスタイル。

1998年、愛猫ジーナ死去(17歳)に大ショックを受けしばらく精神不安状態となるが、生命の喜びと感謝を歌った「地球の日」を作り、立ち直る。
渋谷ジァン・ジァンにて「TRIP TRAD FOLK Vol.3〜宝達奈巳、『地球の日』を歌う!」。
宝達奈巳:歌、ピアノ、シンセ、アイリッシュ・ハープ、パーカッション、まったく一人で演奏。開演前に父親入院の知らせが入り動揺するが、演奏中に立ち直る。
HP開設、メルマガ「White Zone」発行開始。
日常生活の時空パズル化。数々のシンクロ現象。精神世界系あるいは前世の友と連続して出会う。マヤの賢者:白神ケンイチ氏、マヤの武術魔術師:上野健太郎氏、マヤの錬金術師:Dr.マーシー、プレアデスの巫女:ズルちゃん、シリウス/エジプトの女官:和山画伯、等々。マヤ暦、フラワーエッセンス、プレアデスのメッセージ等に傾倒。
「ファンタスティック縄文in真脇」(石川県能登)に出演、和太鼓グループ『蘭』と共演。再び宝達山参拝。
ギャラリー&ライブ・スペースLAPIN ET HALOTにて「ASTRO GARDEN」公演。
宝達奈巳:Vocal/エレピ/シンセ、タカさん:Guitars、Piyo:Guitars、うえさん:Drum&Percussion、白神ケンイチ:ディジリドゥー/口琴で、スペイシー&トライバルなインプロ(即興演奏)が開花。素晴らしい仲間に恵まれ、常に問題を抱えつつも充実した日々を送っていたある日、Piyo氏の突然の死。深い悲しみと激しい怒り、不条理とパニックの中、「癒し」と「祈り」についての認識を新たにする。また、Piyo氏生前の最後の演奏記録となったLIVE音源をもとに、5thアルバムの自主制作を決意。

1999年、ショックと悲しみから這い上がり「WHITE ZONE LIVE〜なつかしい未来音楽」公演。この頃には、宝達奈巳:Vocal/エレピ/シンセ、タカさん:ギター各種、うえさん:パーカッション各種、白神ケンイチ:ディジリドゥー/口琴というメンバーがほぼ固定。
「アースデイ99こどもの国ギャザリング」にて岡野弘幹氏にすすめられ、スーパーセッションにVocal&Synthで参加、後にCD「RAINBOW ECHO」となって発売される。
5thアルバム『天の庭』を自主制作(ASTRO☆MEDIA/ASMD-111)、渋谷ジャンジャンにてCD発売記念ライブ「白い倍音の世界」を公演。MCで構成しない、ひとつの流れの中で楽曲と音源が紡がれていくLIVEスタイルを確立。
馬場浩史氏の経営するGallery&Cafe"STARNET"を訪問、その徹底した有機的未来生活の実践とクオリティーの高さに驚愕と共感、氏の希望により「Sacred Garden 〜THE DAY OUT OF TIME」(STARNET/栃木県益子)公演。卓越したアンビエントのセンスと技術を評価され、アルバム制作を依頼される。
STARNETに滞在、宮廷音楽家のような生活を送り、『White Space』を制作。このアルバムはSTARNETという至極の環境と時間の流れ、高波動の有機野菜とハイセンス料理、等々のたまものである。
岡野弘幹氏のすすめで、「虹の祭り・地球にごめんな祭」(奈良市)に出演。タカさん、うえさん、ケンちゃんとの珍道中、道に迷いつつも、三輪明神・大神神社へ導かれ、参拝。また天河神社にも参拝。
「レインボー2000」(石川県白山)に出演。岡野弘幹氏らと共演。MOOKY氏に再会。
尾島由郎氏に再会、氏が音楽監督を務める、日印共同制作舞台「三輪MIWA」(東京・国際交流フォーラム)の作曲、ヴォーカル、シンセサイザー演奏を依頼される。
同じく出演者で笙演奏家の石川高氏に出会う。数々の偶然=必然と様々なお導き効果、そして自らの内なる声のお告げにより、約3ケ月後には結婚を決意。
「三輪MIWA」公演では、苦手と思っていた「歌詞から曲をつくる」作業の連続、シンガーソングライターとしての本領を発揮。以降、物語と結びついた音楽作りにも意欲を燃やす。
6thアルバム『White Space』(ASMD-112)をリリース。
洗練され圧倒的深さをもつサウンド&楽曲に多くの反響。宝達奈巳:歌、シンセ、石川高:笙、竿(う)で、「let there be light」(STARNET/栃木県益子)を公演。この時のライブ録音をもとに、後にアルバム『Let There Be Light』(ASMD-133)を自主生産。「奇跡は起こる」を実証した1年であった。

2000年、石川高と自他共に認める御導き電撃結婚。春分の日に披露宴。
約3週間後、父:宝達晃一(芸名:仁内建之)急逝。享年68歳(たぶん)。父の遺志を継ぎ、決して妥協せず芸術家としての道を貫くことを決意。
渋谷ジァン・ジァン閉鎖、シンガーソングライターとしてのソロ活動に一区切りをつけ、石川高(笙、竿)と"LET THERE BE LIGHT"を結成、活動拠点を近江楽堂(東京オペラシティ)に移行、「生命の木」を自主公演。
宝達奈巳:歌/シンセ、石川高:笙/竿、うえさん:パーカッション、本橋文:篳篥、タカさん:音響アート、360度スピーカー"oshow"使用。
ESPミュージカルアカデミーにて作詞講師を務めはじめる。
結婚、引越、葬式、いろいろ続いたせいか、急性胃腸炎で緊急入院。以後、セミ・ベジタリアンになる。
モンゴル馬頭琴奏者・李波氏のアルバム『Healing Asia vol.3〜Featuring RIPO』(2000.CONSIPIO REC.)にVoiceで参加。
MOOKY氏が企画・演出を務めるイベント「ウエルカム21inうつのみや〜こころびとのまつり」(宇都宮市)のカウントダウン・ライブに音楽監督、楽曲制作、Voice&Synthで出演、LET THERE BE LIGHTでグランドフィナーレを飾る。

2001年、体調絶不調のまま21世紀を迎えるが、マウイ島のクジラに癒され復活、「約束の地」(近江楽堂/東京オペラシティ)を自主公演。朗読・朗唱に目覚め、「古事記」「万葉集」などを題材にし始める。
LET THERE BE LIGHTとしての正式アルバム『Radiate』(ASMD-113)をリリース。
北海道公演「古代ロマンを求めて」。自主公演「空想音楽界」(近江楽堂)では、マイク、PAスピーカー等一切使用しない、完全生音ライブを決行。朗読、歌、楽曲・即興演奏が一体となった独自のスタイルを確立。
MOOKY氏演出の「東京サルタヒコ!音楽祭」に出演。
小林拓生氏演出のウィリアム館公演「十二夜」(ウィリアム・シェークスピア原作)に音楽監督、楽師として出演。
自主公演「雨月物語」(近江楽堂)では台詞をもとに作詞作曲を手掛ける。

2002年、共に映画界の巨匠である新藤兼人・作/神山征二郎・演出「影法師の歌」(紀伊国屋ホール)の音楽監督を務める。誰もが知る「ふるさと」のメロディーをモチーフに、独自の編曲センスを生かし重厚なオーケストラサウンドに仕上げる。映画音楽への興味と渇望がさらに高まる。
ウィリアム館公演「冬物語」(近江楽堂)の音楽監督、作曲、演奏/楽士として出演。
シェークスピアの後期ロマン大作を、シンセサイザー、アイリッシュ・ハープ、ケルト音楽を取り混ぜて、SF調に仕上げる。360度方位スピーカー" oshow "(B&F)を導入し、演劇と一体化した生演奏で芝居を盛りたてた。
半年前から準備していた「かくれた次元〜音楽と映像による内的宇宙の開示」(近江楽堂)を、LET THERE BE LIGHTと、友人である映像画家:木村俊幸氏とその友人:姫田蘭氏と共同公演。360度の完全円形ステージに、LET THERE BE LIGHTの宝達奈巳(electronics、voice、朗読、アイリッシュ・ハープ等)と、石川高(笙、竿(う)、electronics)、木原敬之(sound engineering)、木村俊幸、姫田蘭(映像)が、360度方位スピーカー"oshow "(B&F)をはさんで向き合い、その周囲を観客が取り囲む。ドーム状の天井及び壁に、2つの独立した映像が二方向に映し出され、壮大な神話的音楽宇宙が展開された。この公演は宝達奈巳にとって長年の構想が遂に実現した、集大成であると同時に全く新しい出発点ともなった。

その後も、「シェークスピア・コレクション」(ウィリアム館公演・近江楽堂/シェークスピア原作「マクベス」「ロミオとジュリエット」他)で、音楽監督・作曲・演奏を手がけると共に、楽士・魔女としても出演、また東映教育映画「ボクの犬小屋日記」の音楽制作など、「物語」と一体化した音楽作りに取り組む。

2003年に入ると、今度は福島の若手ロックバンド「Guilty」のCDプロデュースという宝達奈巳史上かつてないスタンス・仕事が飛びこんでくる。それまで、自作の曲だけに取り組んでいたのだが、ここで初めて他人の曲を扱うことになり、「素材」の良い部分をいかに生かすか、また、「バンド」としてのカラーをどう打ち出すか、など「今まで自分が誰かにやって欲しかった」ことをすることになる。これは大変大きな出来事であった。本当の意味で、生まれて初めて人のために何かして、自分のことのように喜びを感じたと言ってもいいかもしれない。音楽家として、自分だけでは決して見つけられなかった自分自身の新たな可能性と才能を発見できた。

8月 LET THERE BE LIGHT 中米公演! 「日本文化月間開会式」(在グァテマラ大使館主催グァテマラ国家宮殿、ニカラグア国立ルベンダリオ劇場にて、 笙と朗読による「古事記」、「竹取物語」を公演。 また、古代マヤ遺跡を訪れる。

9月 「目黒雅叙園リニューアル・オープニングパーティー」にて、LET THERE BE LIGHTとしてLIVE出演。英語詩の朗読、空間系シンセ、笙の生演奏が一体化した独自の神話的音世界が好評を博す。

10月 舞台・イベント演出家MOOKY氏との共同考案による、創作音舞台「竹取りの物語り」を、大宮八幡宮(東京都杉並区)、宇都宮ブランネージュにて公演。宝達奈巳は語りと構成を担当。
大宮八幡宮では1600人余りの観客を動員。語り、民族楽器の生演奏、舞踏パフォーマンス等による幻想的世界を創造。

音楽監督を務めた「ボクの犬小屋日記」が、教育映像祭2003にて、優秀作品賞を受賞!

2004年
NPO法人・日本映画映像文化振興センター主催作品「8・8〜パチパチ」 の音楽監督を務める。 木村俊幸氏が美術監督を務めるDVD作品「現代畸聞録怪異物語」(東映)の音楽監督を務める。ホラー&アンビエントな世界。(夏ごろ発売予定)

2005年 
1月 釧路芸術館にて、ダンスとのコラボレーション舞台
「徴(しるし)〜笙、声、ダンスの饗宴」を公演。
宝達奈巳:語り、electronics/石川高:笙、electronics/康本雅子:ダンス(踊り)
自作の英詩による神話的物語を展開。このコラボレーションの 形はLET THERE BE LIGHTの新たなLIVEスタイルとなる。
2月 CSサイエンスチャンネル連続ドラマ「季節が変わる時V」 (主演: 藤崎奈々子、光石研)の音楽を担当。
4月 音舞台茶会「まほろばの国」(目白庭園)に出演。
古事記を中心に、いにしえの神話世界を語りと音楽、ダンスで展開。
宝達奈巳: 語り、electronics、構成/石川高: 笙/康本雅子: 踊り/MOOKY: 演出 
主催: NPO法人 地域活動協働協会 (LACA)
世界遺産・熊野古道を巡るドキュメンタリーDVD
7月 「大自然と祈りの聖域〜熊野大権現」の音楽を担当。
監督:天川彩、ナレーション:高樹沙耶、音楽:宝達奈巳、音響:木原敬之
発売元・出版社:兜]言社

2006年
音楽を担当したDVD「現代畸聞録 怪異物語」(東映アニメ&幻冬舎)が18年度第10回文化庁メディア芸術祭 アニメーション部門 審査員推薦作品に。モントリオール映画祭「Reflections(A selection of films and videos made by artists)」にノミネート。リヨン「アジア国際映画祭」招待上映作品。