対談「映像と音楽:PVが話の発端」

NH ) 例えば、音楽家にとってアルバム制作というのは、映画を作るようなもの。
作曲(=原案)、選曲(=脚本)、ミュージシャン手配(キャスティング)、レコーディング(=撮影)、ミキシング/トラックダウン(=編集)、、、今や大手レコード会社が莫大な予算をかけてやるものから、自宅でCD-R焼いて製品化するものまで、様々な形態とスタンスがあり得る。規模や質は、どっちがいいともつかなくなってきてる。ともかく、これは音楽家としてもちろんやり続けることだけど、それだけじゃダメだと思うのよね。できること・やりたいことは、どんどんやってかないと。だからこないだ(7/27「空想音楽界」近江楽堂)のビデオの、タイトルみたいなあれ、短かったけど「おおぉおぉ〜!」と感動したよ。もっとやったほうがいいよ。

TK なるほど、確かに映画のようなものがアルバムなのね。
先日、静かな時間を獲得して、夜、『Radiate』聴きましたよ。ワインも注いだりしてね。奥さんと観客になって聴いたのだよ。宇宙空間で聴いてるような、あるいは僕の場合、幼少の頃に読んだ[星新一?]の近未来。それもつるんとした虚空間に青空。モニュメントのような得体の知れない建造物がまばらの世界に没入。。そこに入って、曲を聴いたというのかその曲が連れていったのだね。かなり未来なのだけど、なんか懐かしくて切ない。時を超えた感情の波というのか。。そこを彷徨う自分はかわいい外人の子供であるべきだが、俺はヒゲ面のめちゃ日本人(成人)なの。あれれだが。美しい音楽の景色でした。とにかくSFな感覚に痺れたのだった。

そう、僕もやりたい映像はドンドンやらないとね。思い描いてるだけじゃいかんね。先週、やっとこ奇妙な短編ドラマ『ある家の記録#1、#2』(4分)が完成した(これは弟切草への連なりとなったが、元々、自主映画『地底の楽園』のテストだった)恥ずかしいほど若いが、ま、家に縛られた男と女の話しだね。ここに来てやっとこオリジナルになったよ。色々出品する予定です。

只今オンエアーの宇多田ひかる『FINAL DISTANCE』では、世界観が監督と共有できたので1シーンは好きにやらせてもらったよ。監督も若くてひとつ上。帰国子男のハンサムボーイだったり、プロモ世界も変わってきたのだね。この人は才能あって、木村も脱帽だった。仕上がりは素晴らしく、今までの仕事(お仕事ね)でも別物と言える。古くからの友人(丹下という)も、帰国してパワフル監督になったが、(ああ、こいつもナミちゃんと同時期に出会った人で、あのぼろぼろ屋敷に遊びに来た)この間のmi-sya?のSFpvの監督で、今や世界からオファーとなったりしてて、再会で涙だったがみんな、やりたいことと仕事の間で悶え苦しんでなんとか自分の位置を探ったような感じだね。みな、映画が撮りたくて、自己表現の場を獲得するべくもがき、あるいは才能を枯渇したりしてね。PVってのは長くやると映像の人はイマジネーションが擦り切れてしまう場合があるよ。色んな音楽に精通するけど、仕事になってしまう場合もドンドン出てきてしまうしね。その時大切なのが、若い時にカラダを張った経験だよね。

ほら、自主レーベル作ったり、自主で凄いの作ったりね。映画の場合、すぐ借金になったりね。僕は絵画だったので、ちょっと違うけど、遊びで黙々と撮影した経験がまだ僕を映像に引っ張ってるんだ。ナミちゃんバンドは音やスタンス的にも僕には重要な存在で、それこそ魂なので、お仕事になったら自殺かもね。だからPVなら、自主でやるさ。

NH) しかもさ、もう21世紀なんだからさ、 思ったことはすぐやらないと、どんどん風化してくんだよね。

(TK) いや、ホント。なんかお勧めの曲あるかな?

NH) やっぱ『Radiate』からかな。未発表ものもあるしなあ。曲によって、物語性のあるものと、純粋な視覚的イメージの連続みたいなのと、いろいろできると思うけど、ともかく木村くんが聴いて、その音楽から得たインスピレーションとかビジョンとか、背後にある世界を、映像化してもらいたいのだ。もう、音楽的コラボレーションだけでは満足できなくなってるのだ。

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