次元の狭間あるいはパラレルワールド

これも高校生のとき、何とも説明しにくい現象に何度かみまわれた。
最初にそれが起こったのは、体育のマラソンか何かの授業のとき。
普段全くスポーツしない私がなぜかずっと運動部の子達と一緒に先頭集団を走り、5位くらいでゴール。

もちろん息は苦しいし全身が悲鳴をあげていた。日陰で呼吸を整えようと横になっていると、遠くから低くて太い太鼓のような音が「ドーン(約3秒)ドーン(約3秒)...」と近づいてきた。
外から聞こえるのではない。自分の右耳の奥から聞こえてくる。
自分の後頭部が宇宙につながって広がっているように感じた。
その太鼓の音は、今まで聞いたことがなく、どんな楽器なのかもわからなかったけれど、非常に恐怖を感じた。
「やってくる。ついにあいつがやってくる。」そんな追い詰められた恐怖だった。

しかし同時に、今自分は日陰で休んでいて、こうしている間にも他の皆がゴールして同じように「あー疲れた!」などと言いながら横になっているのを認識しているし、自分の呼吸のゼーハーいうのも聞こえてるし、せみの声も聞こえている。
しかし、太鼓の音も聞こえているのだ。
そして、次に異様な吐き気がしてきた。なんだこれは?その太鼓の音と共に無理やりに押し寄せてくる「世界」があった。「ついにあいつがやってくる。」隣にいた青年が言った。その隣には同年代の女性がいて、全部で5人くらいが輪になって話している。
そこに私もいる。全員知っている。
どういう状況なのかも把握している。そうだ、そうだった。

せみの声がきこえる。自分の顔に手をあてているのがわかる。
吐き気がする。苦しい。
太鼓の音が遠ざかる。あの「世界」も遠ざかる。
あの人達は何だった?私は何だった?
今のは一体、何だったのか?
ものの3分くらいだと思う。もう吐き気もしない。体育教師の声が聞こえて起きあがった。
「宝達は長距離走になると本気をだすのか?自分でトレーニングでもしてるのか?」
「いや別に。マラソンなんて嫌いです。」
それ以上話したくなかった。それどころではなかった。

その現象は以後1年半くらいの間に5回ほどあらわれた。
その異様な吐き気とともに押し寄せる「世界」は、同じだった。
そっちにも自分(どんな容姿なのかよくわからないが自分とは全く違う 感じがする)と友達というか「仲間」がいる。
その現象が起きているときは、必死にいろいろなことを覚えておいて忘れないようにして、説明や記録をしようと思って「これがこうで、これはこういうことで」とか認識するのだが、いざその現象が終わるとバカみたいに何も言葉にできない。
記憶喪失ともちょっと違う。
つまり、こちらの言語体系、概念を使って説明することができないのだ。
説明しようとすると、先述した「これがこうで」というような、それ自体では 意味をなさないような抽象的表現にしかならない。
かろうじて、音や映像の断片、感触などは少し残っている。
それらをモチーフに、今までいろいろな曲や詞にしたりしている。

 

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